▶︎2024年11月KYCファイル目次
【学習】青商会30周年の歩み【第1回/全8回】
2025年に結成30周年を迎える青商会の歴史を振り返る。
▶︎詳細を見る
【活動方針】第28期部署活動方針
28期、中央KYCの各部署目標とタスクを発表
▶︎詳細を見る
【この人】27期MVMインタビュー
中央青商会第28次総会で、MVM「最高活躍会員賞」を受賞した宮城県青商会・金鉉太副会長にインタビュー
▶︎詳細を見る
朝青活動紹介コーナー
十数年ぶりにあの地域で朝青が結成!
▶︎詳細を見る
【学習】
青商会30周年の歩み【第1回/全8回】
第28期中央青商会発行のKYCファイル学習面は、青商会30年の歴史を振り返る内容を連載します。
青年商工人をはじめ次世代の同胞社会を担う30代同胞のネットワークを広げ、経済・生活をサポ―トする大衆団体として1995年に結成された在日本朝鮮青年商工会(青商会)。変化する時代のニーズに応え、2世、3世の同胞たちが自らの手で切り開いてきた青商会の30年は、挑戦と継承の歴史であった。
「豊かな同胞社会のために」「子どもたちの輝ける未来のために」「広げよう青商会ネットワーク」のスローガンを掲げ、在日同胞社会の発展をけん引してきた青商会の足跡を振り返る。
Episode.1中央青商会の結成
(青商会という新しい世代別組織がうまくはまれば、朝青を卒業した青年たちが抜けることなく、組織に携わり続けることができる。しかし…)
中央青商会・宋元進初代会長の苦悩であった。
時は、1995年8月。青商会結成大会を1カ月後に控えていた。
在日同胞社会における世代交代や、組織化された、よりレベルの高い経済活動を行いたいという若い商工人のニーズから、青商会という新たな組織を結成する運びとなったが、新たな世代別組織に対するさまざまな意見が、宋会長を悩ませていた。
当時、各地には青商会の前身となる団体が存在していた。70年8月の「在日朝鮮青年商工人たちの集い」(東京)を契機に、地域ごとに結成された青年商工人協議会(젊은 상공인협의회)だ。朝青卒業後の活躍の場を求めていた当時の30代から40代前半にあたる2世たち。1世の背中を見て育つ中で、同胞社会のために何かをしたいという思いはあったが、商工会や分会などの既存のコミュニティには距離を感じていた。そんな「同胞社会における自らの役割」を模索する青年たちの思いが、青年商工人協議会へと繋がった。
経済セミナーや学校支援活動、ゴルフや懇親会と、活動のレベルに差異はありながらも、活発な活動を行っていた協議会が各地にあったことから、青商会という新たな中央組織の発足に対しては、「組織化されることで自由な活動ができない」「今ある協議会で充分じゃないか」などの声が上がっていた。
「先輩、どうしましょうか」--。
青商会結成準備委員会及び事務局(中央青商会常任幹事の前身)には各地の協議会メンバーら13人と専任活動家の4名がいた。
「当時、副会長たちは、ほとんどが各地域の協議会で活躍していた1歳上の先輩たちだった。金光男副会長や呂光燮副会長…多くの先輩たちが支えてくれた。先輩たちに意見を求めると『やろう』と。『責任者なんだから、お前が頑張れば皆が後押しするから』と応援してくれた」(宋元進初代会長)
当時の心境は、「不安と、よし、やってやろうという割り切った気持ち」。憂慮の声もあったが、それ以上に皆で新しい組織を作っていこうという仲間たちの心意気が宋会長の背中を押した。
青商会結成大会は、準備委員会が発足した翌月の9月。わずか1カ月の準備期間に、各地から集まった準備委員らは組織建設に関する問題を解決するべく、議論に明け暮れた。総聯、商工会、女性同盟、朝青と整然とした組織体系が作られていた総聯組織に、30代を中心としたもう1つの世代別組織を作る試みは容易ではなかった。
「準備委員会は発足したが、当時、青商会はどういう組織で、何をするのかというイメージは漠然としていた」と語るのは、中央幹事長・李洪一初代幹事長(1期~4期)。
「今は、青商会に当たり前のように組織体系が出来上がっているけど、当時は違った。規約を作る際、年齢制限や内容で決着がつかず、結成前日にも3,4時間にわたり議論した。結局、議論が終わらないので、自分と金光男副会長で『うちらで責任を持ちましょう』とまとめたこともあった。すべてが初めてのチャレンジだったから、従来の発想や慣例ではなく、自分たちで考えて、新しいものを創造したいという気持ちが強かった」(初代会長)
そして迎えた9月6日の結成大会。会場の京王プラザホテル(新宿)には、北海道から九州まで39都道府県の代表たち430人が集結。また当時、自民党の国会対策委員長を務めた山崎拓氏や日本青年団協議会事務局長が来賓として招かれるなど、内外の大きな関心が注がれた。
「在日朝鮮人運動の変化する現実と私たち自身のニーズ、そして青年商工人協議会の経験と教訓に基づき、新時代の主人公として活躍する同胞青年商工人のための新しい組織として青年商工会を結成する。ここに、広範な同胞青年を団結させ、かれらの活動をさらに活性化させていく」
宋元進会長の結成宣言で、青商会の歴史が幕を開けた。
「これまでの総聯組織が1世が築いたものなら、青商会は、2世、3世が自らの力で築いた初めての組織といえる。30代の同胞青年たちの新たな活躍のステージを作り上げたという意義は、大変大きかった」。 (初代幹事長)
変化する同胞社会のニーズを捉え、新たな時代の主力として登場した青年商工人たち。中央組織の活動がスタートした後、青商会メンバーたちは、県レベルの青商会組織づくりに奔走する。そして中央青商会結成大会から2カ月後の95年11月、初の地方青商会組織として産声を上げたのは、北海道青商会だった。 (続)
※<青商会、挑戦と継承の足跡>EP.1(1)、(2)、2020年10月12日、10月19日参照
民族教育支援部
部長;安剛志
●目標
ALL同胞のハブとなり、
①ウリハッキョを力強く支援
②準正規教育事業の整備
●タスク
①各地方毎に様々なウリハッキョ支援活動の推進
②青商会学園の運営
③インターネットウリマル教室の運営
④各地方での準正規教育事業のサポート
経済部
部長;李蓮大
●目標
①『青商会に求められる経済サポート』の形を作り提案
②経済事業を統括するCenterとして、情報共有・提供の基点となること
●タスク
①同胞青年の経済生活状況に関する調査』(2019年9月発行)に対しての研究と実践企画
②各地方に入り、経済サポート事業に対してのヒアリング
③ミニマムの異業種交流・同業種交流を地方と連携しながら開催
※地方の要望に対し、各地方で行われている経済サポート事業・財政事業の経験を適時共有できる体制を整える
宣伝広報部
部長;金鐘哲
●目標
①青商会の情報発信源である「公式ホームページ」を強化。
②あらゆる媒体を通して、全国の青商会活動を同胞社会に浸透。
●タスク
①HPの強化事業
◆ ホームページを基地としてパワーアップ
②新時代・SNSの継続
◆ Facebook、Instagram
・今期も地方青商会の投稿をシェア
・SNSだけでなく、隠れた成果を宣伝
・中央、地方青商会、他機関の行事、企画宣伝
◆ LINE@(月2回木曜の12時30分配信)
◆ youtube
・青商会メシ、KYCファイルの学習動画に活用
③KYCファイルの質向上
◆ PDFから電子版(web版)に完全移行
◆ youtubeを利用しての学習
・情勢、年始学習、石破内閣問題ホットなネタ
生活文化部
部長;金正吉
●目標
①27期に引き続き、マンナム事業をブロック単位を基本として行っていく
②大・中・小様々なマンナムイベントを遂行していくことで、実質的な出会いの場を提供する心強い仲介者となる
●タスク
①ブロック協議体を稼働させ、各地方で朝青と連携しながらマンナム事業を展開する
②マンナム希望者のリストに沿って、個々人に寄り添ったマンナム企画(個別紹介事業)も同時に展開する希望をする会員たちは釣書を作ってあげて、個別紹介を推進する
国際交流部
部長;金弘樹
●目標
①27期に引き続き、国際交流事業のポジションを高め各地方・地域での活性を促す
②在日外国人たちの交流の枠組み(NPO法人など)の設立
●タスク
①各地方・地域での必要性、緊要性に関するヒアリング(専任幹事長会議皮切りに)
②NPO法人の理念、趣旨を基本とする定款作成、賛同してくれる在日外国人団体との協力体制を構築し、在日外国人の協力を促すNPOを設立する活動に踏み出す
③3団体交流事業の推進(設立経緯の確認と遂行)
【この人】 27期MVMインタビュー
中央青商会第28次総会で、MVM「最高活躍会員賞」を受賞した宮城県青商会・金鉉太副会長にインタビューしました!
第27期MVMは、3足の草鞋を履き、宮城県同胞社会を支える唯一無二のアツい漢だった!
名前:金鉉太
年齢:40歳 職業:運送業
学歴:東北朝鮮初中高級学校卒
朝鮮大学校文学歴史学部卒
青商会歴:10年
青商会役職:宮城県青商会 副会長
宮城県青商会 宣伝部部長
宮城県青商会 民族教育支援部アドバイザー
Q: 9/28に行われた中央青商会第28次総会において、MVM「最高活躍会員賞」に輝きました。
発表を目の当たりにした時の、お気持ちをお聞かせください。
A:まさか自分が選ばれるとは思っていなかったのでビックリしました。
でも、宮城県青商会メンバーが自分のことのように喜んでいる姿を見てとても嬉しかったです。
Q: 前期は青商会活動はじめ、多方面でご活躍されたと存じます。
宮城県青商会では、副会長、宣伝部部長、民族教育支援部アドバイザーと3つを兼任されましたが、どんな気持ちで活動されましたか?
A:全ての活動が「ハッキョのため」に繋がることを常に考えて活動しました。
Q: 8月に行われた「みちのくKKフェスタ」では、事務局長という大役を担い、イベントを大成功に導いたとお聞きしました。イベントを通して感じたことは何でしょうか?
A:事務局長を任されましたが、他の実行委員の後輩たちが本当に頑張ってくれたおかげで、イベントが成功したと思います。1人ではできないことも、みんなが一致団結してやれば大きな成果を上げることができると思いました。
Q: 金鉉太副会長は2年前に東北ウリハッキョの教育を退職された後、ウリハッキョの財政面を支えるため、教育会理事に自ら名乗り出て、とても尽力されました。具体的にどのようなことをされましたか?
A:アボジたちに連絡したり、直接会いに行き、教育会理事になって一緒にハッキョを支えていこうと話をしました。快く引き受けてくれた方々と共に一口運動の拡大や、今年度は運動会と学芸会で協賛を募ってハッキョ財政を作る活動を行いました。
Q: 4月からは講師としてウリハッキョ教員に復帰されました。自身の仕事、青商会活動、教育会理事としての活動に加え、教員職までとなると、毎日がキャパオーバーになるほど多忙だったのではないでしょうか?どうして、教員に復帰しようと思いましたか?
A:多忙でした。それでもウリハッキョで逞しく成長する学生たちのために、自分が出来ることは何でもしようと思い、復帰を決めました。
Q: これほどまでの多彩な活動を「言い訳をせず、汗を流し続け」行うことが出来た要因は何でしょうか?
A:東北ウリハッキョが本当に大切な場所だと確信しているからこそです。この一言に尽きます。
Q: 前期の活動を振り返り、1番学んだことは何でしょうか?
A:同じ目標に向かって一致団結して活動することの重要性を再認識しました。
Q: 宮城県青商会の今後の課題、それに向けた自身の決意についてお聞かせください。
A:今後の課題は会員拡大にあると思います。
会員をもっと増やすために、「青商会に参加してみたい」と思ってもらえるような魅力ある組織を継続してつくっていきたいと思います。
Q: 最後に全国青商会会員たちへ、メッセージをお願いします。
A: 항상준비!
ー宮城県青商会よりー
2年前に教員を辞職後、実質稼働していなかった東北ハッキョ教育会を再建するため自ら理事となった金鉉太副会長。
教育会を正常運営するため、アボジ達一人ひとりに会い、一緒にやろうと説得し、快く引き受けてくれた方々と教育会を運営していき、ハッキョ財政面では、一口運動の参加者を増やし、運動会の協賛金を募るようにしました。
また、使っていない寄宿舎の部屋を倉庫として貸し出すなどして、財政を確保し、その他にも校舎の雨漏り修復事業など様々な学校支援を自主的に行っており、東北ハッキョ運営においてのキーマンに変貌。
また、今年の4月からは自身の仕事を削り、講師として教員に復帰しました。
週に2日ハッキョで授業やサッカー部の指導をしています。
17年間の教員経験を活かし、新任教員への教授指導や教員の悩みを直接聞くことで、東北ハッキョ発展の為に、尽力しています。
その他にも、仕事の合間に草刈りなどの美化活動や、ハッキョ主催イベントの準備を率先して行っています。
また、青商会活動においても副会長に就任し会長を支えており、今期より新設した宣伝部部長として、青商会の活動・学校の宣伝等「青商会と東北ハッキョ」「東北ハッキョと同胞」の架け橋的な役割を担っています。
8月に行われた東北ブロック青商会主催の「みちのくKKフェスタ」では、事務局長を務め、イベント当日は、東北6県に住む子供たち35名が参加し、楽しいひと時を過ごしました。
金鉉太副会長は、東北ハッキョの状況を直接把握しており、単独で学校支援を行っていることから、今期の宮城県青商会の民族支援活動の幅や規模・会員のモチベーションが大幅に向上しており、その他青商会活動においても中心的な役割を担っている唯一無二の存在です。
祖国の愛に触れ
朝青中央委員長、朝大卒業学年が5年ぶりの祖国訪問
コロナの防疫体制が完全に解除されていない中、祖国は共和国創建76周年慶祝在日朝鮮人祝賀団の一員として朝青中央委員長を、そして朝鮮大学校卒業学年(2年制の2年生も含む)を真っ先に祖国を訪問できるように特別措置を講じてくれた。今の朝大4年生たちは高3のときに祖国訪問をできなかった世代で、中には一度も祖国を訪問したことがない学生たちもいる。
5年ぶりにウリナラを訪れた朝青員たち、彼らは何を見て何を思ったのか。
社会主義強国は目の前
一言で5年ぶりのウリナラは天地開闢だった。
平壌国際空港から市内に向かう途中、真っ先に開かれた和盛(ファソン)通りや黎明(リョミョン)通りを始めとする平壌の街並みは圧巻だった。
日に日に変貌を遂げる、いや朝と夜が違うと語られるウリナラの経済発展。5年ぶりの祖国訪問は社会主義強国へと向かう祖国の勝利に対する確信をくれた。
光川(クワンンチョン)養鶏工場、大城山(テソンサン)アイスクリーム工場を参観した際には、科学技術の力で世界的水準に発展する祖国の輝かしい姿を、万景台革命学院と朝鮮労働党中央幹部が校では最新鋭の教育によって人材が輩出され、人材により保証される祖国の力を感じた。
中でも江東総合温室農場は衝撃を受けた。260haの膨大な敷地内に野菜の種類ごとに備えられた温室農場、24時間コンピューターにより一括管理された栽培プログラム、より質の良い野菜を供給したいと飽くなき探求心と奉仕精神を兼ね備えた従業員の姿に祖国の未来を見ることができた。
「10年経てば山河も変わる」という言葉すらも飛び越えるほどの祖国の発展スピード、技術の高さに驚きを隠せず、「祖国は毎年、毎日のように変わる」と耳にたこができるほど聞いた教員たちの言葉の真意を身に染みて感じた。
在日同胞への変わらない愛情
生活に何一つ不便がないようにと国家的な配慮が施された滞在期間。宿所には最新の化粧品が常備され、部屋の冷蔵庫には飲料と果物が毎日のように補充されるだけでなく、宿所に着いた朝大生たちのために管弦楽団の歓迎公演まで催された。
まさに我が家のような温かさ。祖国は日に日に変わるが、海外同胞たちを思う気持ちはどんなときも変わらない。「変わらない祖国」がそこにはあった。
至るところで溢れんばかりの愛情を受ける朝大生と祝賀団は、共和国創建76周年を迎えた9月9日、異例の歓迎を受けることになった 。
国家行事である創建76周年慶祝集会に特別に招待されただけでなく、席はなんと最前列。その上に、内閣総理が演説で祝賀団と朝大生を名指しで呼び、歓迎の言葉を述べたのだった。
祖国の発展に貢献した英雄たちが立つべき最前列に立ち、最大の歓迎を受けた私たちは涙をこらえることができなかった。何一つ祖国のために成し遂げられてない自分たちを、なぜ祖国はこんなにも愛してくれるのか。
祖国で朝青員たちは、祖国の偉大さとありがたさ、また海外同胞、特に青年たちへの大きな期待を実感した。
私たちは同胞たちに朝青の姿を通して同胞社会の明るい未来を感じてもらうことが自分たち青年の使命であり、そのために総聯結成、朝青結成70周年を必ずや輝かせようと固く胸に刻んだ。
5年ぶりに開かれた祖国訪問の道。朝鮮大学生と朝青中央委員長が祖国を訪問したことは、朝青に対する祖国の格別な配慮と期待と言えるだろう。
祖国の愛に触れ今、朝青イルクンと同盟員はこの愛情と期待に応えるべく、総聯結成70周年、朝青結成70周年を輝かせ、総聯の輝かしい歴史をセセデが継いでいく決心に満ちている。
【主要日程】
11月1日 | トンポビジネスフォーラム(神戸) |
11月2日 | 北陸セセデ同窓会(福井) |
ヒロキョレフェスタ(広島) | |
11月3日 | 愛知総会 |
11月4日 | 茨城総会 |
11月12日 | 群馬コンペ |
11月16日 | 北海道総会 |
大阪総会 | |
11月19日 | 栃木コンペ |
11月23日 | 埼玉総会 |
西東京総会 | |
11月29日 | 新潟決起集会 |
11月30日 | 三重総会 |
宮城総会 | |
山口拡大幹事会 | |
11月31-12月1日 | 千葉県青商会役員講習 |